インドア英会話♪

自宅で身に付く英語の勉強法を紹介!

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皆さんは、現代の日本社会で使われている「標準語」について詳しく考えた事はありますか?日本列島の多くの地域には、「方言」というものが存在し、その「方言」の違いによって、同じ日本に人であるにも関わらず、外国人と英会話で通じるよりも、日本人同士、お互いの方言を理解する方が難題に感じるような言葉の異なりがみられる事もあります。日本に「標準語」なるものが、現れたのは、明治時代と言われています。現代から、そんなに遠くない時代に、「標準語」は生まれました。現代のような「標準語」が生まれるまでには、日本全国に渡る「お国ことば」のような、地方ごとに異なる言葉が存在しました。代表的なものは「京ことば」「薩摩ことば」「江戸ことば」などです。また、地方による方言の違いとは別に、多くの日本人たちは、「年齢」「職業」「男女」などの区別による、言葉の使い分けもあったようです。明治維新にかけて、多くの人々が関東周辺に集中するようになってから、都市部は、様々な「お国ことば」を話す人々で、ごった返していたと思われます。そのような中で、日本の文明開化を目指す政府は、西洋文化を手本としながら、日本国内の東と西に通じる「標準語」を求めるような、「日本語改造計画」を打ち出しました。その中で、多くの案が出されたのですが、日本語ローマ字化改革が、その案の1つとして考えられていたという事実もあるようです。もしかしたら、日本国内において日本人のほとんどが、母国語として流暢な英会話を話す時代が訪れていた可能性もあるのです。そのような時代の分岐点で、日本語の発展を願い「標準語」の設立に大きく貢献した人の1人に、国語学者の「上田万年(うえだかずとし)」がいます。通称「万年先生(まんねんせんせい)」と呼ばれた彼は、現代の日本社会の中で、私達が使っている日本語としての「標準語」の生みの親のような存在でした。また、夏目漱石の「吾輩は猫である」は、標準語で書かれた最初の小説とも言われているようです。明治時代に、日本語のローマ字化や、英語化が、もし進められていたら、現代を生きる私たちにとって英会話の勉強がもっと簡単に感じられていたかもしれないですね。

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